権利章典とは?イギリス議会政治の発展・名誉革命との関係を大学入試向けに解説
権利章典(Bill of Rights)とは、1689年にイギリスで制定された、国王の権力を制限し、議会の権利を保障した重要な法律です。名誉革命の結果として成立し、イギリスにおける立憲政治・議会政治の発展に大きな影響を与えました。
権利章典は、国王が自由に政治を行う絶対王政から、議会が政治の中心となる立憲君主制へ移行する重要な転換点となりました。
大学入学共通テストや国公立大学・私立大学では、「名誉革命」「イギリス議会政治」「ロック」「アメリカ独立宣言」「フランス人権宣言」などと関連して頻出する重要テーマです。
権利章典とは
権利章典は、1689年にイギリス議会が国王ウィリアム3世とメアリ2世に認めさせた法律です。
国王による専制政治を防ぎ、議会の権限や国民の権利を保障することを目的として制定されました。
成立の背景:名誉革命
17世紀のイギリスでは、国王と議会の対立が続いていました。
国王チャールズ1世は議会を無視して専制政治を行ったため、1642年にピューリタン革命が起こり、最終的に処刑されました。
その後王政復古が行われましたが、カトリックを重視したジェームズ2世が専制政治を進めたため、議会はオランダ総督ウィリアムを招きました。
1688年、この政変はほとんど流血がなかったことから名誉革命と呼ばれ、翌1689年に権利章典が制定されました。
権利章典の主な内容
- 国王は議会の同意なしに法律を停止できない。
- 国王は議会の同意なしに課税できない。
- 国民が武器を持つ権利を認める(一定の条件下)。
- 議会での自由な発言を保障する。
- 議会の承認を得た上で政治を行うことを求める。
これにより、国王の権力よりも議会の権限が優位になる仕組みが確立されました。
イギリス議会政治への影響
権利章典によって、イギリスでは立憲君主制が発展しました。
国王は存在するものの、政治の実権は議会と内閣が担う仕組みへと変化していきました。
この流れは後の近代民主政治の基本となり、各国の憲法や人権保障にも大きな影響を与えました。
権利章典と他の人権文書
| 文書 | 年代 | 特徴 |
|---|---|---|
| 権利章典 | 1689年 | 国王の権力を制限し議会の権利を保障。 |
| アメリカ独立宣言 | 1776年 | 自然権・平等・人民主権を宣言。 |
| フランス人権宣言 | 1789年 | 自由・平等・国民主権を宣言。 |
| 日本国憲法 | 1946年公布 | 基本的人権の尊重を保障。 |
ジョン・ロックとの関係
権利章典は、イギリスの思想家ジョン・ロックの社会契約説や自然権思想とも深く関係しています。
ロックは、政府は国民の生命・自由・財産を守るために存在し、政府が権利を侵害した場合には抵抗する権利があると主張しました。
この考え方は、後のアメリカ独立宣言やフランス革命にも影響を与えました。
大学入試で押さえるべきポイント
- 1689年に名誉革命後に制定された。
- 国王の権力を制限し、議会の権限を強化した。
- イギリス立憲君主制の基礎となった。
- アメリカ独立宣言やフランス人権宣言につながる人権思想の流れに位置付けられる。
- ジョン・ロックの思想と関連が深い。
共通テスト・難関大学での出題傾向
大学入学共通テストでは、近代民主政治の成立過程として、権利章典・アメリカ独立宣言・フランス人権宣言を比較する問題が出題されます。
難関大学では、イギリス革命から立憲政治成立までの流れや、自然権思想との関係について論述問題で問われることがあります。
「ピューリタン革命→王政復古→名誉革命→権利章典→立憲君主制成立」という流れを整理して覚えることが重要です。
まとめ
権利章典とは、1689年の名誉革命後に制定され、国王の権力を制限して議会の権利を保障したイギリスの重要な法律です。
この文書によってイギリスでは立憲君主制が確立し、近代民主政治や人権保障の発展に大きな影響を与えました。
大学入試では、「名誉革命」「議会政治」「ジョン・ロック」「アメリカ独立宣言」「フランス人権宣言」と関連付けて理解し、近代政治史の重要事項として整理しておきましょう。

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