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若槻礼次郎とは何した人。やったことを簡単にまとめ。

こんにちは。今回はこんなテーマでやっていきます。

目次

若槻礼次郎とは

やったこと

  • 第一次若槻礼次郎内閣(憲政党)、金融危機に苦戦
  • 第二次若槻礼次郎内閣(立憲民政党)、満州事変に巻き込まれる

第一次若槻礼次郎内閣(憲政党)、金融危機に苦戦

 やったことは金融恐慌の対応のみです。

日本では戦後恐慌、震災恐慌と立て続けに金融危機が起こっていて、金融が不安視されていました。そんな中、大蔵大臣の片岡直温が「このままだと銀行が潰れる」という発言をうっかりしちゃいます。

その結果取付け騒ぎ(お金をおろしに民衆が銀行に殺到)が発生し、休業してしまう銀行が発生。この事件のことを金融危機といいます。

この事件により台湾で貿易商を営んでいた鈴木商店倒産するなど被害は銀行にとどまらなかったんです。

そこで若槻は台湾に対し、緊急勅令による経済の復興を考えたんですが、枢密院の妨害により復興がかなわずそのまま総辞職します。実は若槻及び幣原による協調外交は枢密院によく思われていなかったという背景があります。

第二次若槻礼次郎内閣(立憲民政党)、満州事変に巻き込まれる

やったことは満州事変の対応です。

満州事変:日本は恐慌により国内財政が危機になったことで満州の侵略を始めます。満州に駐在していた関東軍が柳条湖事件を起こし、それがきっかけで起こった事件です。

若槻は不拡大方針(満州をこれ以上侵略しない)を取るが首相には統帥権がないから意味はありませんでした。

若槻は相次ぐ不安要素により総辞職します。

最後に

今回は以上です。ご覧いただきありがとうございました。

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