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【卑弥呼がいた国】邪馬台国を簡単に解説。

こんにちは。

今回は邪馬台国について解説します。

目次

邪馬台国とは?場所は?何時代?

おそらく近畿に作られたであろうクニの名前です。その根拠は箸墓(はしはか)古墳となっていますね。ほぼ邪馬台国のもので間違いないと言われている古墳です。

邪馬台国に関する情報は中国が作った「魏志倭人伝」で確認することができます。まだこの時代には日本には紙を作る技術がなかったので現存する記憶媒体が日本には無いんです。というわけで時代的には弥生時代と古墳時代に存在していたことになります。

ちなみに紙の技術が来たのは次の時代である飛鳥時代初期のことですね。

詳しくはこちら。

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どんな国?

この国、もともとは男の王で争いが多かったんです。ですが…女王「卑弥呼」が就任してからはクニ全体が平和になっていきました。グループなんかでも一人女王みたいな人がいてそれに従う人々みたいな構図…あるあるですよね。

卑弥呼は鬼道(まじない)を得意として、実務はに任せました。

そんな感じでうまくいっていた邪馬台国ですが、卑弥呼の死後、男が王になったがまた争いが起こってしまいます。

そこで…「壱与(いよ)」という女王にしたところ、またまた平和に。

他にも、「大人(だいじん)」「下戸(げこ)」という風に身分差別が結構激しい国でした。まあ昔はどこも結構厳しかったので邪馬台国だけが例外ではありませんが。

卑弥呼がやったこと

邪馬台国の使いである「難升米(なしめ)を中国に送り、金印をもらいます。当時の中国というのがいかに圧倒的だったかが分かりますね。もはや中国に行くのがステータスみたいな、今でいう留学的な感覚だったんでしょうね。

もらった金印に書いてあるのは「親魏倭王」という文字です。魏と親しい倭の王ということでしょうか。

最後に

今回は以上です。邪馬台国は魏志倭人伝との互換性が高いので、「金印の文字忘れてしまった…」という方もそうでない方もぜひ魏志倭人伝のページも見ていってくださいね。今回もご覧いただきありがとうございました。

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