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第一次・第二次護憲運動とは。簡単にまとめ。

こんにちは。今回はこんなテーマでやっていきます。

目次

護憲運動とは

文字通り、「憲法を護る」ことを政治家たちに促す運動のことを言います。

第一次護憲運動とは、その内容

この運動のターゲットは第三次桂太郎内閣。

桂は大正天皇の内大臣兼侍従長になっており、その人物が首相となることは「宮中府中の別」を乱すということになり批判が殺到したんです。

このことから第一次護憲運動が行われることとなります。

この時桂太郎も抵抗し、立憲同志会という政党を作るも民衆のデモが収まらず、第三次桂太郎内閣は2カ月も持たずに総辞職し、桂太郎自身もこの直後に亡くなってしまいました。

第一次護憲運動の中心人物

  • 犬養毅(いぬかいつよし、所属政党は立憲国民党)
  • 尾崎行雄(立憲政友会)

といった政治家を中心に一般人まで多くの人が参加する運動となりました。

第一次護憲運動のスローガン

  • 閥族打破(ばつぞくだは。意味は藩閥政治やめろ
  • 憲政擁護(けんせいようご。意味は憲法まもれ

の二つをスローガンとして運動を行っていきました。

第二次護憲運動とは、その内容

清浦内閣は貴族院の支持を受けて作られた内閣です。政府側の人間であり当然国民から非難が集中していきます。

そうして清浦圭吾内閣打倒のため、起こったのが第二次護憲運動です。第一次に続き第二次護憲運動が起こっていきます。

そして選挙の結果、憲政会が議席を増やし、護憲三派が政権をとることになり、清浦圭吾内閣は総辞職することになりました。

第二次護憲運動の中心人物

  • 政友会の高橋是清
  • 憲政会(立憲同志会の後身)の加藤高明
  • 革新倶楽部犬養毅

の3人が手を組み護憲三派を結成、選挙(のみ)で清浦に反抗しました。第一次護憲運動のように民衆がこの運動に参加することはありません。

最後に

今回は以上です。ご覧いただきありがとうございました。

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