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吉田茂のやったことをまとめ。

こんにちは。今回はこんなテーマでやっていきます。

目次

吉田茂とは

やったこと

第一次吉田茂内閣、日本国憲法の作成

最初に松本烝治が憲法案をGHQに提出したものの認められず、結局マッカーサーが作った草案を基にして現在の憲法が作られていきました。

そして1946年の11月3日に憲法が公布され、1947年の5月3日に施行します。国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を盛り込んだところがポイント。

第一次吉田茂内閣、その他法律の改正

民法は戸主権が廃止、刑法は大逆罪・不敬罪・姦通罪が廃止します。

さらに地方自治法が制定され、今まで国から派遣されていた市長が選挙制になりました。

第一次吉田茂内閣、経済政策の企画

経済安定本部を設置して傾斜生産方式(鉄鋼業などの特定の産業を国が支援し発展させる方式)を導入し、これに伴い復興金融金庫を設置します。

第一次吉田茂内閣、警察組織の改正

特別高等警察を廃止します。さらに公安委員会を設置しました。

第一次吉田茂内閣、二・一ゼネスト

ゼネラルとは総体的という意味です。ゼネラルストライキということでかなり大きなストライキになる予定でした。

このゼネラルストライキが予定されていたんですが、予定日の前日にGHQによって中止命令が出されます。また政令201号が出され、国家公務員のストライキ権がはく奪されてしまいました。

第二・三・四・五次吉田茂内閣、ドッジ=ライン

アメリカのドッジによる緊縮政策です。さらに単一為替制に(1ドル=360円)なっていきます。

これによりブレトン=ウッズ体制が成立し、固定相場制になる。

第二・三・四・五次吉田茂内閣、シャウプ勧告

アメリカのシャウプが日本に勧告。所得税中心主義累進課税(収入が多いほど税も多くなる)を提案。現在でもこの制度は存続です。

第二・三・四・五次吉田茂内閣、経済安定九原則

経済安定九原則の制定を行います。この時の日本はインフレに絶対にしたくなかったということでインフレにならないような経済を目指しました。

第二・三・四・五次吉田茂内閣、サンフランシスコ講和条約

太平洋戦争の条約です。

単独講和制をとり、西側諸国とのみ講和を結びます。ソ連は出席はしたものの、調印せず中華人民共和国、中華民国(台湾)は招待されませんでした。

日米安全保障条約は同時に結ばれるんですが全体的に不備が多かったんです。

第二・三・四・五次吉田茂内閣、警察予備隊・保安隊・自衛隊の創設

朝鮮戦争により地理的に近い日本にも軍隊が必要になり、警察予備隊を創設(1950)します。

52年に警察予備隊が保安隊に。そして54年には自衛隊に改称し今に至ります。

第二・三・四・五次吉田茂内閣、逆コースにより総辞職

戦後の民主化・平和化の動きに逆行した制度(自衛隊など)が作られていくことが問題になっていきました。そこに造船疑獄事件も重なり、吉田に批判が集まり総辞職しました。

最後に

今回は以上です。ご覧いただきありがとうございました。

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